CSカナリヤ闘病記-回復をめざして

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zoom RSS 診断がおりるまで(2)−グレーゾーンから確定診断へ−

<<   作成日時 : 2009/03/03 08:13   >>

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 あまり楽しくない闘病経過を振り返ることが続いてしまうのだが(楽しい闘病記というのもないだろうが)、今日も昨日の続きを書くことにした。

  K研究所病院(以下、K病院とする)の専門外来に初めてかかったのは、平成17年3月大雪の日だった。初診の担当医師は現在診て頂いている医師ではなかった。結論から言うと、この日の診察では明確な診断が下りなかった。

 初診は様々な検査から始まった。他の病院でも数々検査を受けてきていたが、流石に専門外来。他の病院とは設備も違うし検査内容も違った。検査を終えて診察があった。担当の医師から検査の説明とともに次のような話があった。

 今の状態は「CSの疑い」レベルである。しかし希望するならば、治療はする。自分(医師自身)が考え出した点滴がある。CDを聴きながら、その点滴を打つと改善が期待できる。その治療は別の病院で行うから、受ける気があるならば、そちらの病院に来るように、ということだった。
 さらに、きっかけが職場がらみであることからか、「労災のことを考えているならば、(自分は)労災の書類を書くつもりはない。その労力があるなら、治療に専念したほうがよい」ということだった。

 「CSの疑い」ということならば、当然労災の書類など書けないだろう。しかしながら、その一方で治療についての具体的な提案があったのにはいささか驚いた。CSの「疑い」としか診断が下りなかった私に対して、希望さえすれば、CDを聴きながら点滴を打つという、ご自身が開発された治療をして下さると仰るのだ。そんな優雅な治療法があるのかと感心もした。治療費は自費払い。途方にくれている私には大変有難い治療についてのご提案だった。

 家に戻り、数日考えたと思う。その点滴に賭けてみようかとも思った。けれど、CSの「疑い」というのならば、CSではない、別の病気かもしれない可能性もあるということではないか、とも思った。ならば折角治療してもらっても、別の意味で具合が悪くなることだってあるのではないか。
 CSと確定したならばまだしも、「疑い」の段階で治療を受ける選択は私にはできなかった。その医師からみれば、あさはかな素人判断だったかもしれない。しかし判断が委ねられたのは私なのだから、私の考えられる範囲でしか答えが出せなかった。

 病名も定まらず、具合が悪いまま、私は再び宙に浮いた存在になった。その後も体調不良は続き、さまざまな病院を渡り歩いた。あらゆる科であらゆる検査を受けたが、確たる診断結果や治療にはいたらなかった。これについては前回書いたとおりである。

 仕事は長期休職していたが、近所の医師から、家で出来る仕事があるならば、少し仕事をしてみたらどうかと言われた。職場に打診したところ、在宅勤務に切り替えてもらえた。しかし十分な仕事はできなかった。正職員から年度ごとの契約職員へと待遇も当然変わった。
 
 体調は悪化するばかりだった。CSらしい症状も増加した。徐々に減っていた体重も、元気な頃と比較したら9キロ減少するまでに落ち込んだ。体力も落ちる一方だった。

 平成18年12月、症状の悪化が著しいこともあり、別の医師の意見を仰ぐべく、再びK病院に行った。「化学物質過敏症」という確定診断が下りた。この時診察してくださったのが、今も定期的に診てくださっている医師である。

 1回目で診断が出なかったことを、先生は「検査項目のひとつが平均以上によいので、(初診時の先生が)判断に困られたのでしょう」と説明された。そして「すぐに診断書を書くから職場にもって行くように」と言ってくださった。私は「軽症か重症かということでいうと、どのレベルですか」と尋ねた。先生は「それを聞かれるのが一番困るが、強いて言えば重症の下」と答えてくださった。CSの「疑い」が、重症の域に入ってしまっていた。
 
 先生は、CSの症状の特徴を詳しく説明してくださった。思い当たることが多々あった。治療については、根本的に治療する手立てはないこと。したがって養生が中心。休養を十分とること、有機栽培、無添加のものを食べること、ストレスを溜めないこと、家でできる範囲で体を動かし汗をかくなどのご指導を頂き、また半年後に経過を診ていただくことにした。

 初めてK病院に行ったときは、ひとりで大雪の中をJRとバスを使ってなんとか行けた。しかし、この日は家からタクシーでないと移動ができなくなっていた。歩くのも杖を使いはじめていた。

 職場からは暗に次年度の契約はしないと仄めかされていた。診断が確定したこともあり、年明けすぐに辞職を申し出た。平成19年3月、正式に職場を退職した。まる15年勤務した職場だ。仕事には愛着があったが、もう使いものにならないことは自分でもよくわかっていた。まさか病気で仕事を辞めるとは想像もしないことだった。




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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
CSとわかったときにドクターからはビタミン、ミネラルを補給して免疫力を高めること、特にビタミンCとにがりを採ることを勧められました。その後私は日野式食養生を取り入れましたが、病んだ体を根本から作り直すのは食事だと実感しています。
canary
2009/03/03 16:01
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