韓国版BJD

このブログで「キム・サムスン」のことを書いた日のアクセス数は、いつもの倍に跳ね上がる。コリン・ファースや「高慢と偏見」のことを書いても、アクセス数にさして変化はない。ワールドワイド的にはこちらのほうがメジャーだと思うが、国内的にはサムスンが圧勝か。このブログ上では、バッハもモーツァルトもキム・サムスンには太刀打ちできない。このブログに40以上ものアクセスがあったのは、サムスンのことを書いた2回だけなのだから。

その「私の名前はキム・サムスン」というドラマは、韓国版「ブリジット・ジョーンズの日記」(BJD)なのだとか。BJDは作者が「高慢と偏見」(P&P)にinspireされて書いた小説だから、キム・サムスンのご先祖はP&Pということになろうか。

一昨日から、そのP&PのDVDをちょこちょこ観ている(お陰さまで眼精疲労気味。テレビの画面はやはり疲れるものだ)。BBCが制作したドラマ版P&Pは、原作好きの私が観ても全然違和感がない、素晴らしい作品だと思う(観た人の多くはそう言っている)。ダーシー様なんて小説でイメージしていた人物より素敵で、10年くらい前にNHKでこのドラマを初めて観た時は本当にひっくり返りそうになった。

ダーシー様を演じたコリン・ファースは、一途にひとりの人を思い続ける役や棄てられる(?)役が似合うように思う。「イングリッシュ・ペイシェント」でもそうだった(「恋に落ちたシェイクスピア」でも振られる役だったそうだが、私は観てない)。だから、思われ役のBJDとか「真珠の耳飾りの少女」は、私にはいまひとつだった。

ケネス・ブラナーと共演したConspiracyも重いテーマのドラマだったけれど、素敵だった。良心とか倫理観が心の片隅にあり、善悪の間で苦しむという役がこれまたはまる。

英国と韓国という文化も時代(18世紀と21世紀)も違う、キム・サムスンとP&Pだけれど、これらに登場するツンデレ王子は、実は誠実で、正義感があり、世話好きで、いい人だ(これは「のだめ」の千秋さまにも言える)。身分違いの恋で悩むけれど、最終的には身分を超え、その恋によって彼らの価値観は変容し、人間として成長する。これが時代を超えて、支持される(特に女性に)テーマなのか、と改めて思う。これを単なるセレブ好きとか、玉の輿願望とかいうのはちょっと違う、と思ったりする。



コリン・ファースに熱を上げていたときに、私に無理矢理映画館に連れて行かれたり、wowowで録画をしてくれたりした方々ありがとうございました。今となっては良い思い出になっております。ここで改めてお礼申し上げます。