ロラン・バルト著『喪の日記』を読む。

母が

亡くなってから、大切な人を喪った人の体験談やグリーフワークに関する本を読んできた。なかには、愛する人を喪ったときに読む本100冊とかなんとかいうガイド本も読んだ。

なのに、なんで誰もこの本を勧めていないのか。

ここでロラン・バルトが書いていることは、ぜんぶ私のこと。彼はそれを言葉にすることができただけ。代弁者。心の中はほとんど一緒。当事者として同じ立場にいるとおもった。そう思えた唯一の本。

この本からは、ほんとうの苦しみが聞こえてきた。

これは本として書かれたのではない。バルトの遺品から発見されたカード320枚が、バルト没後30年経って、本として出版された。

バルトはこのカードを(走り書きだったと言う)彼の母が亡くなった翌日から2年間書き続けていた。カードだから、ひとつひとつの文は短い。しかし、ああ、まったく同じだと、心底思った。

まやんちさんで読み始めて、涙がこぼれて、号泣しそうになったので、やめたくらいだ。

この本をぜんぶ引きたいが、少しを抜粋。

「孤独。これこれの時間に帰ってくるよと言える相手や、ほら、もう帰ったよと電話できる(言える)相手が誰もいないこと」。

「「喪」と言わないこと。あまりにも精神分析的だから。わたしは喪に服しているのではない。悲しんでいるのだ」。

「すべてがわたしを傷つける。ささいなことが、見捨てられたという思いをわたしのなかにひきおこす」。

「雪。パリに大雪。ふしぎだ。彼女はけっしてもどってこないのだから、雪をみることはできないし、わたしが彼女と雪の話をすることもできない。そう思って、苦しむ」。

ロラン・バルト著(石川美子訳)『喪の日記』より。

バルトの母も女手一つでバルトを育てたそうだ。


ロラン・バルト 喪の日記 【新装版】
みすず書房
ロラン・バルト
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ロラン・バルト 喪の日記 【新装版】 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル