CSカナリヤ闘病記-回復をめざして

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zoom RSS 2016年3月12日

<<   作成日時 : 2016/03/12 09:47   >>

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土曜日だ。

しかし、やることがたくさんあり、どこから手を付けてよいかわからず、頭はハイパーアクティブ状態である。ブランクが長いのに、「エラそうな」仕事をさせてもらっているから、ついていくのがたいへんである。

最近木村敏(精神医学者)の本を少しまとめて続けて読んでいる。理由はない。たまたま読んだら、何かに魅かれて、いま3冊目。

現役のころに「あいだ」という著作を読んでいるが、いまのほうがちょっとは理解をしている気がする。

木村敏が若いころ、本は数を読むよりは、1冊の原書をなんどもくりかえし読むほうがずっと勉強になる(ここで彼らがいう原著はフッサールとかハイデッガーである)、という学習方法が貴重とされていたそうである。

そう考えると、私は先輩に勧められてカール・ロジャーズも原書で読んだことがあったけれど、やっぱりボウルビィを原書で読んだことがいまも深く心にあることに気づく。大学院を受けるからという理由だったと思うが、ボウルビィのAttachment and Lossという代表的著作の一冊を大学で借りて、コピーしてうんうんうなって、辞書を引き引き、コピーした紙を真っ赤になるほど読んだ。1冊は読み切れなかったはずだが。

原書を読むと言うのは、その偉大な学者が自らの論を自分のことばで書いているのであるから、直にその人のことば、考えに触れるという体験だ。英語を読む云々以前にその人の言葉に直に触れる。そのことにとても深い意味や意義があると思う。

いまあれから30年以上たって、私は児童の養護施設に月一回通っている。養護施設という場所はボウルビィが公の研究活動をはじめた場であり、彼の最初の重要な研究「ホスピタリズム」というタームが生れた場である。

いまはまったく本を原著で読むというエネルギーはないのだが、児童の社会的養護に関する概説書を読むたび、必ず登場するボウルビィには、そういう私の原書体験がよみがえり、またそれが私の骨だか血だかに少しはなっているような気がしている。

追記
エリク・エリクソンも原書にトライしたことがあったが、何しろ難解でさっぱりわからなかった。でも、そういう体験も今は宝物。また時間が出来たら、トライしてみたい。


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