死に関する本。

年末に

大きな人事異動があって落ち着かない日々だ。別に仕事が増えているわけでもなくいつものようにいつものペースで仕事をして暮らしているのだが心が落ち着かないのだ。

病気を抱えている在宅仕事であっても上が代われば下も影響を受けるのだ。

人事についてそして私の今後の仕事について電話で幾人かの人とあれこれやりとりしている。それが疲れる。

来年度は「仕事がないかもしれないなあ」とおもう年の初めは辛いものがある。とはいえ、自分が病気になったり母が亡くなって誰一人身寄りがいなくなったいまだ。仕事がなくなっても「まあいっか」と思う。

そもそも私のような状態の人間が曲がりなりにも仕事ができていたことが奇跡なんだから。とっくに路頭に迷っていてもおかしくないんだから。

死と言えば、母が亡くなってからのしばらくは死、看取り、喪失感の本を読み漁っていた。ところがいまは死生観とか看取りに関して「この本がいいよ」と教えてもらっても読みだすと辛くなってやめてしまう。何度かそういうことが続いたのでもうその手の本を読むのはやめた。

そういえば、年明けからひと時代築いた人が亡くなっている。兼高かおるさん、市原悦子さん、梅原猛さん…。思い込みかもしれないけど、昭和が終わるときも大物が結構亡くなった記憶がある。時代が終わるってそういうことなのかと感じたりする。

話は変わるが、

つい最近もともと関心があった心理言語学の本をまた読み始めた。1月4日に恩師と電話で話したことがきっかけだ。障害児の発達が専門だった先生のお孫さんが3才になり「mental verbを話し始めたのよ」という話を聞いてちょっとそれ調べてみようと思ったのだ。

調べてみたら面白いことに気づいた。何に気づいたかはちょっとおいておく。とにかくあれこれ検索して日本語または英語で関連論文を読んでいる。

英語の論文はタブレットで読むと読みやすい。そういえばタブレットPCにキーボードつけるといっていた人がいたけどそれってどういうことなんだろう。だったらタブレットでなくてもいいよねえ。じゃなきゃタブレットにすでにキーボードがついているのを買えばいい。

英語で読むのは若いころと違ってやっぱりすごく疲れる。メガネも買い替えたんだけどだめだ。それでも今の仕事に直結する部分もあるのでペースを落としながらも少しずつ読む。

今月の勉強会でフロイトをやるので(他の人が発表するんだけど)予習を兼ねてまたフロイト関連の本も読んだりしている。フロイトって本当に謎が多かったけど最近いろいろと暴かれていてこれがミステリーを解明するみたいでわくわくしちゃう本が多い。

で、そうだ。またとんちんかんで注意散漫で多動気味な私は「狼男」の症例について少しまとめて読んでみようかなあと思ってまたそれを何冊か図書館で関連本を予約した。

また話は変わるけど、昨日元同僚から電話があって「音楽なんか聴いたりするの?」と聞かれて、ええーっと思った。私は毎日ある種addictしているように音楽を聴いているから。「そうなのか。私は人とほとんど音楽の話をあの頃しなかったから私が音楽が好きだということを知らないんだ」と知った。


そしてここぞとばかりにいま毎日聴いているそして自伝を読んだばかり(2017年にでた)のキーシンについて一気に話をした。

彼女はフジ子・ヘミングや前橋汀子の演奏会に行ったりしているほど音楽が大好きだし(病気をしたてのころフジ子・ヘミングのCDを送ってくれた人だ)趣味はコーラスだから当然キーシンを知っていると思い込んでいたのだが彼のことを「知らない」と言う。

キーシンは超天才で10歳から日本でも演奏会を開いて大々的にマスコミにも取り上げられていた。音楽好きならみんなが彼を知っていると思っていた。私の誤信念が正された一瞬だった。





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