篠田節子著「長女たち」を読んだ。

立春が、

過ぎた。心臓病が軽度ではあるが確定しこれからは定期的に心エコーをとることになった。それから家で毎日血圧も測る。要するに仕事が増えた。

これで長生きしないで済みそうと思うとどこかほっとする。

この間亡くなった橋本治さんの書いた小説に「九十八才になった私に」というのがある。これにはいつまでも生きていたいと思われるのも嫌だと書いてある。


そうだ、今日は橋本治じゃなくて篠田節子だ。この「長女たち」はヘビーだったけどいろいろ考えさせられる中短編集だった。

三者三様とはいえ要するに親の介護と長女の問題である。私はひとりっこ。だから長女だ。この本を読み終わって気づいたのだが、私と気が合って長く付き合っている人は全員長女だった。

長女であっても兄がいるという人は結局だめだし、次女(三女も)なんてぜんぜん気が合わないでたいてい仲たがいしているか、嫌われているか、こっちが嫌いになる。

すっごく偏見込めて書いてしまうけど私がであう「次女(三女」は姉をすごく頼っていて仲が良い人が多い。そしてその人個人はプライドが高い。ぜったい人に合わせようとしない。すり寄らない。自分の価値観をゆずらない。いつも正しいところにたっている。頑固者が多い。根拠のない自信をもっている。うらやましいくらいに。

私たち「長女」は頑固そうで気が強そうで我が強そうにみえるけど、実はそれはみかけだけ。そうみせているだけ。だからこの小説にでてくる「長女たち」はみんないろいろな場面で心が揺れる。

それで妹や弟を苛つかせることになるのだけど、彼女彼たちは(この小説に出てくる人です)、自分の家族が優先で親の介護に口は出すが手は出さない。


どうして私は「次女たち(三女も)」と馬が合わないのか。考えてみたいテーマである。