不思議な縁・出会い・それから。

いまさらですが、

このブログは下書きなしで書いているのでとても雑な文章になっていることをまず遅ればせながらお断りしておきます。

こんな辺境ブログで、再開したこともお伝えしていないのに、気づくと、30人前後の方が読んでいてくださることにたいして有難さと申し訳なさが混在した気持ちです。

さて、本題。

この3月末になって出会いって面白いなあ、不思議だなあ、とおもうことがふたつあったので、書いてみることにした。ただし、現存される人物もおられるし、もろもろあるので、名前は伏せる(とうぜんか)。

ひとつめ。母を亡くして1周忌が過ぎてから私はどう表現していいのかわからないのだが、「このまま生きていてもどうなんだ」という気持ちとたったひとりこの世にいて「帰る家もないじゃないか」という気持ちとで、とにかくまったく頭が混乱してしまっていた。思考停止のような、かといえば、逆に常に頭がざわつくような感じもする。

横になれば涙しかでてこない。昼寝なんて泣いてしまってできない。食事もできないという状態だった。心療内科に行っても「うつではない」と言われる。

何がどうしてかわからないが月一回の某所の主任研修では平然と偉そうな意見をいいアドバイスかなんかして帰ってくる。社会性は保たれていたようで周囲は「元気だな」「いつもと同じじゃん。ただ体が悪いだけ」と思っていたようだ。

しかし、私の内なるところはまったくどうしていいかわからない。途方に暮れていた。闇だった。カウンセリングを受けるしかないな、と思った。

もちろんその手の業者(?)はいくつか知っている。でもグリーフがわかってくれる人がいいなと思ったので、グリーフワークに取り組んでいる関係の方にメールをして「どなたかを紹介してほしい」と頼んだらすぐに返事が来た。

「KT先生はどうでしょうか」とあった。その人が紹介出来て私が移動可能な範囲なら「どこでもいいわ」とおもっていた。ところが「あれどっかでみた名前」だった。

そうだ、あの人じゃないか。数年前に「これほんとうに臨床心理学者?」と思いながらもゲラゲラ笑って読んだ本の著者じゃないのか。臨床心理学というより沖縄をフィールドワークしたような文化人類学的な本だ。

そのT先生ではないか。その人が開業しているというルームは我が家からは電車で3つ目のところでその先からはタクシーで行けば通えるなあと思う。

早速予約の電話をいれた。とても感じの良い女性が応対してくれて「後程こちらからかけます」とのこと。同じ日の夕方だったか。電話がかかってきた。男性はやはりそのT先生だった。

面白いなあと思った本の著者と話しているってことがなんだか不思議で「○○読みました」というと「あ、読んでくれたんですか。ありがとうございます」と言った。

初回面接から終結まで通う通えないからいろいろあり約1年半の間に五月雨的に通い去年3月で面接は終了した。その体験はここでは書かないが、そのT先生が先日出版した著作がいまをとききめく若手論客O氏の目に留まり彼がMCのラジオにT先生が出演した。

私は毎日そのラジオを聴いている。いつも寝床でかける。先週末いつものようにかけたら「今日のゲストはTKさんです」っていうから仰天した。そして懐かしいちょっとしゃがれた先生の声が登場してきた。

ええー、だ。

そのときは半分もうろうとしていたから翌日タイムフリーでメモをとりながら聴いた。テーマは「セラピーとケアの違い」。そんなのどんだけのリスナーが関心あるんだろうかって話ではあるが私はとってもためになった。

カウンセリング終結からちょうど1年経ってのラジオでのT先生。私ははがきを出した。あのとき短い間だったけどこの世にたった一人になった私と共にいてくれたことにいまとても感謝している。

そしてもう一つ26年ぶりの出会い・それからがあったのだが、これは次回に。