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zoom RSS 「ヒトラーのような叔母」。

<<   作成日時 : 2019/05/11 11:23   >>

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おととい


親戚で唯一やりとりしている従姉から電話があった。別の従姉から連絡があったからだ。私はそっちの従姉とはもう30年以上音信不通だ。とうぜん母が亡くなったことなど連絡していない。

ただ、親類であるために、墓は異なるとはいえ、菩提寺が一緒で、墓参に行くとあちらの状況を垣間見る。両親の墓参りをしたあと祖父母の墓に参る。祖父母の墓のとなりがその家の墓なのだ。義理の叔父つまり母の姉の夫が眠っている。

母が亡くなってから定期的に墓参に行くようになって知ったのだがどうもその家はあまり墓参にこないようだ。その墓には人がきた様子がない。ご住職の母上が「これだけ連絡も来ないとこの先どうするのかと心配になる」と話してもいた。

その家の娘から電話があったというのである。その娘も私の従姉だが、65を過ぎたころだろうか。夫が62歳で亡くなって従姉はしばらくうつ状態だったそうである。

80過ぎた従姉が私に言う。「○○ちゃん(=私)のこと随分ほめていたよ。国立大学にいったんだとか、そういうこと言ってたよ。よく知っているんだね」という。

それには理由がある。まだ全くの音信不通になる前のこと。私が修士論文を書いていて子どもの被験者が必要だった。彼女の息子たちがちょうどその年恰好だったから研究に参加してもらったのだ。その時書いた修論はその後大学の紀要にのり、加筆したものは指導教官の編著の元で本としても出版された。そのときに彼女たち家族にはそのとき出版された本を贈呈しているのだ。だから、彼女は私のそういうことを知っている。

いまちょくちょく電話をかけてくる従姉は私がかつて本を何冊か書いていたことなど知らないので驚いていた。彼女は「いまでもそれだけ気にかけてくれているって有難いじゃない」などという。

それはそうだが、そんなに有難く思わなきゃいけないのか、と私は思う。

その従姉と子どもたちには研究に協力もしてもらったし、明るく優しい人柄で、彼女には何ら問題はない。しかしその母親(つまり私の叔母)が私の母のことを嫌い、小学生のころから私をいじめていたのだ。

私をしきりに「ほめていた」(って60近い人間がお勉強ができるんだよってほめられたってどうなんだって話)従姉はそれを知っているはずなのだ。

自分の母親が小学生の姪をあからさまに嫌っていたことを。大学院生になって研究協力してもらいに伺ったときも一切無視一言も口をきいてもらえなかった。

当時は理由がわからなかった。ただ気の強い私の母のことが嫌いだから私まで嫌いなのだろうと思っていた。
でもそれだけではないことに。はた、と気づいた。

私がまだ小学生の低学年のときだったと思う。我が家に潤沢な資金があったころにその叔母たちに金を貸したり、彼女たちが紹介してきた保険に入ったりしていたのだ。その保険では母が渡したお金を保険外交員が持ち逃げしてしまった事件があった。その謝罪の場に私も同席した。

その後我が家は衰退し、もともとS区の職員だった義理の叔父がしっかり出世したうえに、叔母はお習字の師範になり弟子が増えて、あちらのほうが資産のある家になったときから、私につらく当たるようになったのだ。

人間は自分の忘れたい過去を知っている人を遠ざけたい。葬りたい、無視したい。「相棒」とか「臨場」とかあの手のドラマの殺人動機のたいはんはそういうことじゃないか。

我が母はノー天気なところがあったから、夏休みになると「S区に行く?」と聞いてきた。三人の娘たちはどれも良い娘たちで母はとてもかわいがっていたのだ。娘たちも母を「M叔母さん、M叔母さん」と慕ってくれた。その家の次女がF銀行(現在のM銀行)に就職した時は近くもないその支店にわざわざ口座を開設した。超有名旅行会社に勤務していた長女が結婚するときは一緒に百貨店に行き彼女の欲しいものを買ってあげていた。

あるとき母から「S区に行く?」といわれたときに断った。「なんで?」と聞く母に私は答えた。「叔母さんはヒトラーみたいな人だから」。

過去の汚点を知っている私たち母子を疎ましく思った。それが私への無視という形をとった。排除した。納得である。しかし、それを、50の叔母さんが、小学生の子どもにしちゃ、だめだよ。叔母さん。

その叔母も95歳だそうだ。母の兄弟姉妹の唯一の現存者である。

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