雑談。

「雑談」というのはほんとうに大切だと痛感する。病気で仕事を辞めたときにまずそう思ったし、母が亡くなってからはますますそう思う。

だから職場というのは大事だ。昼休みの食堂、ちょっとした立ち話、帰り道などなどでの雑談。あれは精神衛生上大事だ。私にはそういう場がいままったくない。

母がいたときはまだ相手がいた。ひとりになってまして在宅ワークではぐるぐるぐるぐる自問自答しているだけだ。だから身体にも症状として出るみたいだ。一時だいぶ減っていためまい発作が再発するようになった。

耳鼻科の先生に「なんで毎日めまい予防体操を丁寧にしているのになるんですか?」と尋ねたら「そんな単純なものではないんだ。もっと複雑なんだ」と言われて「マインドフルネス」を勧めらCDを買わされた。

そのCDは買ってよかったと思うけど、だいたいのことが頭に入ると、説明が長くてまどろっこしい。自分流にアレンジするのがコツだ。

そんなわけで、このブログは私の雑談の窓口となっている。ということで、先週でかけた児童書専門店のことなどをちょっと書く。

あの書店には4000冊置いてあるということだったけど、児童書以外にもー多くはないがー大人向けの本が置かれているコーナーがあって、それらはもちろん児童に関連する著作なのだが、鶴見俊輔や「べ平連」関係の人の本がわりとある。

あれっと思ったのは、児童精神科医である佐々木正美先生の著作があるのに河合隼雄がないこと。児童書については河合先生は専門的に仕事をしていたと思うし、それについて分析したり解説したりしている本を岩波新書から何冊かだしている。こういうお店ではむしろ佐々木先生より河合先生があって「しかるべきなのでは」と思ったりするが、彼の著作は一冊もない。その棚をみているうちに、私なりに「ああ、なるほどね」とその意味するところがわかるような気がした。理由をここで述べるのは怖いから(?)控えておく。

そんなことをある司書の資格をもつ人に話したら「そういう客は嫌なんですよ」と言われた。だから「家の本棚は見せたくない」と。いろいろわかられちゃうから、だそうだ。

図書館では誰が何を借りたかはトップシークレットだ。

ブラッド・ピット&モーガン・フリーマンの『セブン』にもそういう場面がある。警察でさえも図書館にある貸出履歴を手に入れることができない。それでも犯人にたどり着くためにどうしてもそれを調べたい。FBIの人間に裏で頼む。犯人の思想がからんでいる殺人だから図書館の貸し出しカードから割り出そうという、あれだ。

図書館の常連になると、カウンターの人はだいたい「この人は次これ借りるな」というのがわかるとか。でも、たぶん私のはわかんないと思う。めちゃくちゃだから。乱読だから。乱読だってことは敵も知っているだろうけど。

そして話がまた変わり、昨日の朝。「かかりつけ医」としていた病院の看護師長さんから電話が入った。用件は、私が書いた「患者の声」への投書についてだった。なにをもう1か月も経っているのにさ、と思うけど、用件は聞く。医療者の詫びというのはまず前提として「あなたの書いたことが事実ならば」ということを述べる。たいていそうだ。それに対して「私は私が体験した事実しか書いてないですよ」と言っておく。

「いま事実を確認中だが」私へのひどい対応をした看護師は「そういうことがあったことは認めている」という。ただ「どうしてそうしたのかが思い出せない」と言っているので「いま振り返ってもらっているところです」とおっしゃる。「振り返っている」というのがなんだか「今風」だ。自己啓発的ななんか振り返りでもやってんのかと突っ込みたくなる。

いま「振り返りさせている最中」ではあるけれども「ほんとうに申し訳ない」「あってはならないことです」とは言う。その言葉に真実味がこもっているようにも感じた。けれども一か月も経って「なんで今」と思った。これには裏があった。

この間の日曜日に「近くまで来たから」と母の最期の3か月を担当してくれたケアマネさんが「にっこり」という梨をもって訪ねてきてくれた。ちょうど図書館に行くところだったので、適当なところで「お茶をしよう」ということになった。駅ビルのパン屋のイートインで30分ほど話した。そのときにこの診療所のことを話したのだ。「先生はいい人だけど、これにはがっかりだった」と私はこぼした。

実はこの病院を紹介してくれたのはこのケアマネさんで、彼女はもともとその病院の系列の看護師だった。彼女は「それは誠意がないね」と私に謝ってくれた。その彼女がその後「ちゃんとした対応をしたほうがいい」と後輩にあたる看護師長に電話を入れた。それではじめて投書を読んだらしいのである。

偏屈な私だから「じゃあケアマネさんが連絡しなかったらあの投書は黙殺されていたのか」と腑に落ちないところはある。でも、まあ謝罪をしてくれたんだから、そして「このご意見をプラスにするようにこれから改善する」というのだから、まあそれでいいか、ということにした。

それ以上何もできないし、失望したってなんだって、悲しいことにお世話になるんだから。ほんとうは漢方でお世話になっている先生に「かかりつけ医」になってもらいたいと頼んだことがあったのだけど、その先生から「ちょっと距離がありすぎる」から近いところに「かかりつけ医は作ったほうがいい」と言われてしまったのだ。

結局私なんて、面倒な患者と思われて、世の中から嫌われて、孤独死していくしか道がないのだから。なにしろ避難所で命の選別されるんだから。