病気で失ったもの。
2009年3月のわたしのブログ記事から。
これを書いてから、11年過ぎた。ここで書いたときの「社会」とこれからの「社会」は違うのだろうなあ、と思って、再掲してみた。
病気になり、失ったものは多い。そのひとつは社会(性)だ。ちなみに社交性はもともと持ち合わせていない。職場を失って、世の中の動きをこの目で見たり、人とつながる場を失った。社会の動きはニュースでわかるが、世間という意味ではリアリティに欠ける。
毎日毎日大勢の人に混じって駅に急いだり、満員電車に乗ったりする機会を失うのは、社会に参加している意識が薄くなることなのだ。電車の中で高校生たちがどんな話をしているのか、全くわからなくなった。職場で毎朝「おはよう」と言い合う。ちょっとした立ち話をする。昼休みに食事をしながら、最近どんな本を読んだか、どんな映画を見たかを聞いたりする。ちょっと前だったら「酔いどれ大臣」に関して批評しあっていたに違いない。今でも職場にはそんな風景があるはずだ。私はそういう場を失った。生活はあっても、ごく限られた社会にしか生きていない。
これを書いてから、11年過ぎた。ここで書いたときの「社会」とこれからの「社会」は違うのだろうなあ、と思って、再掲してみた。