むせび泣く。

今朝はバッハのパルティータ6番が頭のなかで鳴り響き、とっても聴きたくなったので、ペライアのを取り出す。幾度聴いてもすばらしい。パルティータ全曲どれも名品だが、6番が特に好きだ。これも「ホ短調」の名作だ。バッハ特有のセンチメンタルさ。

バッハ:パルティータ(全曲) - マレイ・ペライア
バッハ:パルティータ(全曲) - マレイ・ペライア

しかし、問題があった。久しぶりにコンポにのせたら、なんども聴いているせいなのか、音が飛ぶではないか。買いなおすか。10万円まだこないけど(申請書は提出済み。貯金に回すつもりだった)、バッハのCDはわたしのある意味こころのライフラインだから、再購入検討。何しろ音が飛んではどうにも。※2度目のきれいに聴けた。なんで?

実は、今朝、これも久しぶりのことだが、声をあげて泣きそうになった。不思議なのは「誰もいないんだから、いくらオイオイとしゃくりあげて泣いてもいいじゃないか」と自分でも思うのだけど、なぜか泣くのをからだが抑え込む。それでむせび泣くというのか。そんな状態になって、涙流さないようにしてしまう自分がいる。

人が聞いていようがいまいが、オイオイと声出して、それこそ堰を切ってしまったら、こころが決壊してしまうような、そんな気がするのかもしれない。

泣いたのはラジオのせいだ。演歌歌手の坂本冬美さんがラジオのインタビューで彼女を育てた恩師である作曲家の猪俣公章さんの思い出ばなしをしたことだ。猪俣さんが癌で慈恵医大に入院していたちょうどそのとき我が母もそこに入院していた。

母から「今日猪俣公章みた」とよく聴いていて、わたしもあるときばったり車いすの彼と院内で遭遇したのだ。猪俣さんってすごく明るいジョーク好きの人だというのはテレビでみていたけど、病院の廊下で垣間見た彼も、外来の受付の人を笑わせていた。そんな記憶がよみがえった。

そのころの病院での母の様子とわたしの当時の状況を思いだしたら、自然と涙がとめどなくでてきた。たぶん平成5年のこと。いまwikiで調べたら、彼の死去は1993年(平成5年)6月10日。肺がんが原因とあるから、あっているな、わたしの記憶。

あの頃の我が家(といってもわたしと母)は、絶望のなかにあったけど、いまになると、あの頃のひとこまひとこまが懐かしく愛おしい。そのあとのほうがさらに絶望が来たからかもしれない。まだあの頃はわたしも若くて健康で軽々動けたということが何事にも代えがたいことだった。