雑記。

17年ぶりに参加するつもりで去年の暮れに申し込んでおいた学会。開催は8月末だが、どうなるのかと思っていた。webで開催することになったようだ。covid-19問題がなくても、行けるかどうかわからない、イチかバチかで申し込んでおいたわたしにとってみれば、webならば、現地に足を運ばなくても、参加はできる。これはCS発症者には大きな出来事。

今年の夏も暑そうだし、ゲリラ豪雨が多そうだという予報。湿気のひどいここ数日の雨はからだに堪える。

金曜日久しぶりに用事もあって、外に出た。ついでに商店街の書店に寄った。東急や駅ビル(グランデュオ)が閉館していたときは、混んでいたのに、お客さんはいない。

以前も書いたけど、この書店は出たとこ勝負だ。ほんとうに読みたいものは(申し訳ないけど)ないので、文庫の棚を5分ほどみて、決める。今回はこれを購入。

青春忘れもの-増補版 (中公文庫 い 8-8) - 池波 正太郎
青春忘れもの-増補版 (中公文庫 い 8-8) - 池波 正太郎

こういう洒脱な文章を読むのは楽しい。池波正太郎は画家になるつもりだった。親は「鏑木清方の弟子になれ」と言い、本人もそのつもりだったという話が書いてある。「それ、わたしと一緒だわ」と思う(もうここまで自己認知が歪むと楽しいよな、逆に)。

小学生のころ、版画が大好きで、わたしは学校から戻っては毎日版画を彫っていた。道具も買いそろえてもらった。母は「棟方志功の弟子になれば」とよく言っていた。

ここまでは一緒だ。その先が違う。わたしの版画熱は中学に入って終わった(そもそも大本で違うのは、池波正太郎は画家にはならなかったが、小説家として大成したということで。まあわたしと彼を並列で書いている時点で自己認知がそうとう歪んでいるのだが)。中学2年時あるクラスメートの版画作品をみて度肝を抜かれてしまったのである。

彼女が描いた版画は勧進帳の弁慶。中学生レベルでは到底ない。とうぜん学校の出入り口の一番目につくところに貼りだされた。母はそれをみて感嘆の声をあげ、のちのちまで「あれはうまかったね」と言っていた。

余談だが、彼女は芸大を目指していた。しかし、20歳過ぎたころににあるところで(確か東急にある当時のシビタスだったと記憶するけど)ばったり会ったときに「芸大は3回受けたけど、だめだった」そうで、私大の文芸学部かなにかに通っていた。

わたしは素朴に思った。「あんなにうまくても芸大って入れないんだな」と。そんなことまで思い出しながら、読んでいるこのエッセイ。今日は1日これで過ごせる。

さて、いまときめいている韓流ドラマ『マイ・ヒーリング・ラブ』。とうとう今週は最終週。ツイッターも盛り上がってきた。ツイッターの世界って(いまさらなんだけど)独特の言葉遣いがある。たとえば「尊い」という言葉が頻繁に使われている。

で、今日のこの記事の結びに、わたしがもっとも「尊い」と思うyoutubeの動画を。

Wilhelm Backhaus plays Beethoven, Piano Concerto No.4 - Karl Böhm, Wiener Symphoniker
https://www.youtube.com/watch?v=WP3OfvqpgCw

曲、演奏家、すべて神々しい。「尊い」。そしてわたしはこれを観て聴くたび「仕事に向き合うというのはこういうことだな」と感じる。バックハウスはもちろん掛け値なしの大ピアニストだけど、すぐれた職人にも思える。

わたしも「職人」と言われる仕事がしたかったあ。むなしい叫びだ。