ヒヤリハット!

いやー、なんだかんだ言っても、日本はまだ安全だ。リュックのチャックを閉め忘れ、口が大きく開いていたにもかかわらず、何も盗られていない。

お財布なんて「よく落ちなかったよな」というくらいはみ出ていたのだし、通帳記入するために、銀行の通帳は3冊も入っていた。財布にはそこそこわたしにしては珍しく入っていて、さらにキャッシュカード2枚、クレジットカードも入っていた。

ぜんぜん気づかないで、商店街を通り抜けてかなりの距離を歩いていたのである。気づいたときは文字通り「ヒヤリ」。だからわたしはリュックよりは斜めにぶら下げられる鞄のほうがいいんだ。

暑さで頭がぼうーっとしていたのが大きい。こんな日に外に出なくてもよかったのだ。ともかく被害がなくて何よりだった。

しかし、人はなぜ赤いバラはほぼ全員が「赤い」と認識するのに、ひとの顔の作りの好みはどうしてこうもばらばらで、評価もわかれるのだろうか。謎。これは韓流ドラマの話だけど、

以前phonokafeさん跡にあったお菓子屋さん(1年で閉店した)で、お茶飲みながらお菓子食べて、オーナーの男性と世間話をしたときに、星野源と福山雅治の話になり(なぜその話題になったか思い出せない。だいたいあの店主の方とは政治の話ばかりしていたから)、ふたりがシンガーソングライターとしてもヒットを飛ばし、役者としても地位を確立して「すごいな」という話だったと思うんだけど、

わたしが「星野源のほうが好感もてる」と言ったら、彼は「僕は反対に、星野源の才能に嫉妬する」と言っていた。彼がミュージシャンだからなのか。つまり星野源には才能があるということだろう。

私はここ数年ちょうど入職2年目という人びとの研修のお手伝いをさせてもらっている。大学卒業後2年目という、年の頃で言うと、24,5から28歳くらいの人たちの考え方とか感性とかに、正直言ってついていけてない自分がいる。

それでこの年代の心理とか、モチベーションのあげ方とかを、アドラー心理学からビジネス関係のその手のものをネット記事で読んで勉強中。わたしはかつてある専門学校で非常勤で教えていたけど、それはもう25年以上前のことで、でも、そのころも教えるのは向いてないと思っていた。

たしかに慕ってくれる人はいて、あるクラスとはすごくお互いマッチして学生さんたちも「先生の秘書になりたい」と言ってくれる人がいたりした。そういうクラスを教えるのはほんとうに楽しかった。話していても質問しても手ごたえがあった。でも、そういうのは9年間のうちの僅かなクラスで、だいたいがクラスに必ず不満分子を作っていた。

むろんすべてにおいてわたしの力量不足だが、「先生、もっと笑うといいのに」と言われたこともある。当時の私は本業も四苦八苦していたうえに、いつも書くけど母が進行癌を患って長い入退院生活から少し状態が安定しだした頃だったので、まだそうはこころに余裕がなかった。日曜日をまる1日つぶして授業の準備をして、講義のあとは臨床をしてという生活だった。公私ともに「笑う」なんていう余裕はなかったのだ。

かとおもうと、介護福祉士の受験勉強に焦点をあてた「講義をせよ」と生徒から注文を受けたり、点数のつけ方に文句をつけられたり、ほんとうに修行だった。

わたしは現場の人間だからその講師に選任されたので、受験勉強にフォーカスするなら「別の先生に代えてください」と校長に申し出たが、「現場の人だから来ていただいているので、先生の思う通りの講義をしてください」と言われた。そのまま初志貫徹した。

病気で倒れて仕事をすべて辞める1年前からは、大卒の社会福祉士養成コースを担当させられて、そこではつーといえばかーと返ってくる体験をさせてもらった。

でも、すべてひっくるめてつくづく向いてないと思ったし、わたしの指導教官だった亡き恩師からは「性格的に教師向きではない」とよく言われた。

そしていままた若い人と向き合っているわけだけど、わたしももう来年還暦だし、あの時より時間もあるし、病気とも付き合い長くなったし、この仕事も最後の1年となるだろうから、じっくり相手のことを知ろう/学ぼうと(遅ればせながら)思ったのだ。

むかしのその9年の非常勤講師体験が生きる部分もあるかと思うが、決定的に異なるのは、彼彼女たちは社会人であるという点だ。かなり過酷な労働でもある。難しいケースを抱えている人もとうぜんいる。そのことには講師であろうが、年齢が親より上であろうが、まずリスペクトをする。これは絶対だ。

そのうえでどう付き合ったらよいのか。考える。

マルクス・アウレリウスの『自省録』も参考になるし、ジェーン・スーさんの人生相談もとても学ぶところが多い。

そんなこんなで、ひとつわたしがたどり着いたある仮説があるんだけど、下手に書いて誤解されて炎上(!?)、すると嫌なのでこれはこころに秘めておく。

しかし、今日はいったい何を書きたかったの?→わたし。