よくわかんないけど、神様ってやっぱりいるのか。

即位の儀式を見ていて、あんなに雨がざんざん降っていたのに、天皇皇后両陛下がお参りしたら、一時的に晴れ上がった。私なんて単純だから「ああ、やっぱり皇居の賢所には神がおられるのだな」と思った。その程度には神仏というものを信じている。

私は天皇制に別に賛成でも反対でもなく憲法でそうあるならそれでいいのじゃないかという感じ。とはいえ、出自だけで地位が決まることがいいとも思っていない。

たまたまそこに生まれたからというだけでその地位が保障されることには疑問がある。だからといって天皇制反対とかまで思っていない。つまり深く考えていないということだ。

とにかくここまで病気ひきずっているんだから、面倒なことを考えるのは、自分の身辺問題だけで十分だ。

さて、北山修の『心の消化と排出』の新版を読んでいるんだけど、これ旧版を読んだ時よりピンとくるものがあった。たぶんそれは私がこの数年子どもの施設にかかわっているからだろうか、と思う。

新版 心の消化と排出――文字通りの体験が比喩になる過程
新版 心の消化と排出――文字通りの体験が比喩になる過程

「現代文明そのものが、「下半身から上半身への移動」(Freud)の様相を呈しており、神経性食思不振や境界例などの治療で明らかとなる、」(北山、P85)。

自分が病気になり母を看取り、たまに出る支援者会議で、若い人にも上の人に対しても、発言するときの枕詞みたいに必ず言うようになったのが「この仕事って難しい仕事ですよね」ということ。念を押すように言う。現場の人たちはこれが「難しい仕事なんだ」という意識が薄れていて、さらっとやっている。私もそうだったのだろうか。