家系図

岸雅彦の『給水塔』というエッセイを読んでいたらエリック・ホッファーのことを想い出した。岸氏は学者になるまで日雇い労働で働いていたのだ。それから大学院に行き社会学者になる。

エリック・ホッファーは独学で論文を書いた。生涯港湾労働者だった。彼の自伝で感動したときのことを私はこのブログに書いている。

2015年1月19日の記事。母が亡くなる3か月前だったんだなあ、ホッファーの本を読んだのは。
https://cscanary.at.webry.info/201501/article_15.html

エリック・ホッファー自伝―構想された真実
エリック・ホッファー自伝―構想された真実

話は変わる。今日父方の親戚から家系図が送られてきた。父は私が1歳7か月のときに死んだ。父方の親戚とはまったく付き合いがなかったのだが、いまは年賀状のやりとりやたまに電話をもらったりする。私と彼女の間柄はたぶん「またいとこ」になるのだろう。

家系図のお礼で電話をしたら彼女が言った。「東京にはじめて親戚ができて喜んでいるの。東京なんて行ったことなかったから」。私は噴き出してしまいそうだった。

東京なんてそんなに今でも価値があるのか、と。まあ、あるとしても、私はそこに土地を持っているわけでも、なんでもない。ただたまたま小学校からこの区内で転々としているだけ。母は八王子生まれの大田区育ちでも、私は千葉の生まれだ。

父の親戚たちが、乳飲み子を抱えて未亡人になった母の手助けをしなかった理由を「すらっとしてきれいで都会の人だったから再婚するだろうと思って、そばに私たちがいないほうがいいと思った」と私に言った(母の死後のこと)。この人たちにとっては「東京」とか「都会」というのがひとつのキーワードだったのだろうか。

でもさあ、やっぱり母を助けてあげてほしかったと思うよ。私は。気が強い母がそれを受け入れたかどうかは別にしても。