さようなら、久米さん。

中学2年のころ久米宏さんにちょっと恋してた。ラジオっ子だったのもあり、土曜日は学校から帰ると久米さんの出る土曜日のワイドの生放送(たぶん8時間くらい生で放送していたのでは?)と、それからFMのクラシックアワーを交互に聴くのが楽しみだった。

そろそろ家が苦しくなっている頃で、母は働いている時間が長くなり、わたしはかぎっ子になっていた。本を読むか、レコード聴くか、ラジオを聴くのが楽しみだった。テレビはあったけど、当時なにをみていたか記憶がないほどテレビはみなかった。小学校の頃はドラマ『ありがとう』が好きだったけど。

TBSラジオの『土曜ワイドラジオ東京』というのは、メインMCが何人か変わっていて、最初は永六輔さん、それから三国一朗さんで、70年代の終わりころから久米さんがメインを引き継いだ。

わたしが中学の頃はまだ久米さんはTBSのアナウンサーで、街頭インタビューなど外回り担当だった。それがすごく面白くて、とにかくそれを聴くのが楽しみだった。同じクラスにやはりその放送を聴いている男子がいて(女子で聴いている人がいなかったのだ)「久米ちゃんがこんなこと言ってた、あんなことやった」などとよく話した記憶がある。

テレビでは『ぴったしカンカン』の司会で、これはわたしが中3から高校のころよくみていた。ここでもたしかに素敵な人だったんだけど、ラジオの彼のほうが好きだった。

時は数十年たち、わたしがCSになり退職し在宅療養を強いられてから、『ニュースステーション』を辞めていた彼がラジオにカムバックした。それが土曜午後2時の『久米宏ラジオなんですけど』だった。ほぼ毎週聴いていた。その放送が先週で終わった。とつぜん今月頭に発表されてのことだった。

ご本人の弁では「辞める」のは「100の理由」があるとの話だが、ほんとうのところはわからない。ただそのひとつとして、自分でも「『あれっ?』て思うような言い間違いが多い」という理由をあげていた。でも、ほとんどの関係者、リスナーはこれに異論を唱えている。「全くそんなことはない」と他局のコメンテーターやアナウンサーもそう言っているそうだ。それで、いろいろ詮索されている。

でも、中学から彼のしゃべりを聴いているわたしからすると、「そうかもな」と思う。いや、まだもちろん引退するほどのことはない。若い人から比べても、頭はきれきれに切れている。わたしなんかより当然ぜんぜん。

2週間前の田中真紀子さんとの対談なんて聞きとるほうが大変なほどのスピード。双方ともに口も頭も回転が速く丁々発止のやりとり。高速サーブ&スマッシュっていうか、内容はとうぜんのことながら政治なんだけど、なんだかとってもすごかった。

でも、ここのところの久米さんのしゃべりではたしかに少し「あれ?」と思うことはときおりあった。「前ならそういうことはないだろうなあ」と思うことはたまにあった。

それはふつうの人にはまったくどうってことない、若くても若くなくてもやってしまうレベルのことなのだが、あれだけ特有の美意識、自意識を持っている人だから、それが許せなくなったとしたら、それはわかる気がする。

政権批判が絡んでいるのではないかとか、いろいろ報道されているし、100理由があるのだから、複合的な要因があり、総合的に判断したのだろう。でも、自分が納得できるレベルのしゃべりができていないという彼の100のうちの理由のひとつはかつて恋していたわたしからすると「わかる」気がするのだった。

youtubeではこれからも自分のチャンネルで話すらしいけど、いわゆる地上(?)からはふたたび去ってしまった。