知らぬ間に「行方不明」にされていた話。

2020年も今日から後半戦。去年のあの予定通りだったら、いまごろは日本国内オリンピック一色の真っただ中でお祭り騒ぎになっていたはずなのである。それでわたしも通院時のオリンピック対策を考えていたわけだが、まったく違う対策をいま考えさせられている日々である。

昨日は雨風の音でまったく寝られなかった。吐き気もひどくて、一度起きて、サンドラ・ブロック主演の『デンジャラス・ビューティ―』という肩の凝らない映画をみた。昼間録画しておいたのだ。


一昨日のことだが、恩師から電話があり、仰天話を聴いた。先生は6年前に大学を定年退官されていまはどこにも所属せず田舎に戻り悠々自適な生活。たまに呼ばれれば、横浜や川崎での教職員や施設職員の研修をされている。

その恩師が、先週ある施設に研修で呼ばれて行ったとき、そこの施設長さんから「○○さん(わたしのこと)をご存知ですか?」と尋ねられたと言う。先生が「よく知ってますよ」と答えたら、その施設長さんがわたしについて「心を病んで、妻と年賀状のやりとりをしていたが、音信不通になり行方がわからない」と語ったそうなのである。

その施設長さんはわたしも知っている。もう20年以上前のことだが、ある施設での読書会のチューターを頼まれていて、月一回そこに伺っていた。その施設に彼はまだ「ヒラ」だったけど、勤務していて研修に参加していた。そしてその職場の同僚の女性と結婚したようだ。

うっすらしか記憶がないのだが、まだ結婚前のその二人と何人かで食事に出かけたことはあった気がするのだが、彼の妻となったその人と年賀状のやりとりをしていた記憶が全くないのである。顔も名前も思い出せないのだ。

もし年賀状のやりとりをしていたなら「音信不通」というのも変で、当時からわたしの住所は変わってないのだから、はがきが戻ってきたということはないはず。ただ、わたしは発病から数年まったく文字が読めない、ほぼ書けない状態に近かったから、返事などはだせない状態で、失礼はしたと思う。

だからなのか、施設長夫妻は、わたしが「心を病んで行方不明」と、この15年思っていたのである。先生から電話でそれを聴いたときは、大笑いしてしまった。先生から彼に正しい情報と近況を伝えてくださったそうなので、それは有難かった。

ちょっと近辺で情報を集めてくれれば、正しい情報も伝わったと思うのだけど、まあそこまでの必要性はなかったのだろう。

からだの病気ではあるが、心を病んだ部分もあるし、それはそれでいいんだけど、行方不明にされているとは驚いた。人って、情報って、どこでどうなっているのか。

でも、クールな人は言うだろう。「そんなことどこにもあるんじゃない」と。